●イラストレーターになるまでの歩み●
| 誕生〜幼稚園 |
1歳頃から無類の絵と音楽好き。チラシの裏など、無地スペースを見つけるごとにらくがき。 教育制度のしっかりした幼稚園のおかげで感性、想像、創造、集中力など、右脳系が伸びる。 |
| 6歳の夏〜 |
父が借金を作り失踪、その後両親は離婚。悲しみに包まれる母の姿が幼い私の脳裏に焼き付く。 これをきっかけに「将来は自分が人を支えられる様になる!」という思いがぐんぐん芽生える。 |
| 小学校時代 |
小学校1年生位から実話をマンガに描き始め、卒業までくだらないマンガを描き、笑いを誘う。 3年生の頃位から、友達が主役になるマンガを描く事も頼まれる様になり、将来の夢が固まる。 |
| 中学校時代 |
突然の引越→中学入学→名字が母の旧姓に。急な環境の変化による鬱状態を絵で治す様努める。 表面では以前と同じ様に描いていた絵が【いじめ】の対象に。罪悪感を感じ絵を描く事を封印。 |
| 高校時代 |
絵以外で手に職を付けようと、商業学校で資格を取りまくったり、バイトから職を探したりと、 とにかくがむしゃらに頑張ってみる。必死になる事で、絵に対する思いを無理に消そうとする。 |
| 高校卒業後〜 |
厳しそうな某婦人靴の会社に店頭販売員として新卒入社。社会の秩序を守る生き方を覚える。 可愛がってもらえるも、自分の将来を考えると幸せにはなれないと感じ、1999年12月退社。 |
| 2000年1月〜 |
美容器の営業社員になるも、利益重視の体制に人としてのモラルの欠如を感じ、5か月で退社。 同年8月、美容系スポーツジムの会社に入社して2か月後に倒産。別の会社で再び店頭販売へ。 |
| 〜2001年秋 |
アパレルの女店長の不正に皆も困っていた為に立ち上がったつもりが、逆に悪者扱いを受ける。 ある人に「君がどうしたいかが大事」と言われた瞬間、小学校時代の記憶と感覚が、突然蘇る。 |
| ※以降は、プロフィールのページ「オフィス元気印設立まで」に続きます。 | |